成長戦略参謀室では、会社所属のコンサルタントではなく、それぞれの専門分野に精通した専門コンサルタントの方々と強固なパートナーシップを結んでいます。
本当に経営者の立場で問題を見つめることができる、「経営幹部として活躍した経験のあるコンサルタントだけ」で幅広いソリューションを提供できるのが、成長戦略参謀室の最大の強みです。

ここでは、成長戦略参謀室のソリューションを支える、参謀(コンサルタント)の方々の一部をご紹介しています。

 

<事業戦略構築・『すごい会議』―認定コーチ>  成長戦略参謀室長 大野栄一  詳細プロフィールはこちら>
<申請業務・契約等―専門コンサルタント>               森健輔  詳細プロフィールはこちら>
<出版物・印刷・デザイン―専門コンサルタント>            松井優  詳細プロフィールはこちら>
<遺言―専門コンサルテント>                    新井健太  詳細プロフィールはこちら>
<中小企業向けIT構築―専門コンサルタント>              石原義紀  詳細プロフィールはこちら>
<完全成功報酬型―営業代行請負人>                  内藤将志  詳細プロフィールはこちら>
<キャンペーン・プロモーション―専門コンサルタント>         能見大二郎  詳細プロフィールはこちら>
<民事・不動産―専門弁護士>                     野村幸代  詳細プロフィールはこちら>

 

 

大野栄一
序章〜保育園時代は正義の味方
小学生時代は鍵っ子の鼻たれ小僧
中学生時代は盗んだバイクで走り出し
高校時代は商業高校のためハーレム気分を謳歌して
大学時代はバンドマン
自分で言うのもなんだけど夜間から昼に転部した頑張り屋
でも人と同じが大嫌いなので就職活動は紫のスーツに金髪で2社のみ応募
うち1社が採用でびっくり。


第一章〜バンドプロデビューを目指しながら、自称、町田でNO.1のレディーススーツの売り子
そして、中堅大学卒業の身分で大学受験予備校の新宿校とお茶の水校の責任者に、進路指導や現代国語の授業を臨時に受け持ったりして本物の先生より人気があった(類似からの脱出こそが心をつかむと確信)

ついでに言うとどんどん偉くなってしまってバンドの練習ができなくなったので
バンドの練習を優先して三度目の転職へ

しかし、そこは・・・後からわかったのだが・・・実は

泣く子も黙る商品先物の世界だった!
ところがあっと言う間にトップセールス 頭角を現し生え抜き昇進ポポポンポン
離職率9割の環境の中、会社を変えたくて8年踏ん張る
他の部でお払い箱になった社員が僕のところに集められ、人並み以上の成果を上げるようになり、
やがておいらは再生工場の異名を持つ。
この会社が幸いにも証券会社を2社買収したので職歴が少しはましになった!?
当時、野村、日興、大和に続いて法人所得ランキング4位の証券会社となった

しかし、この時既にバンドの夢は挫折、

それからというものそれまで以上に仕事に文字通り専心する。
その動機は上記でも触れているが実は不純で、会社の体質をなんとか変えたいという所に。
しかし、当時の専務(次期CEO)に直談判し一時変わりはじめるかと思いきや、
会社と僕との間で交わした約束を破られ最終的にこの会社は潰れるまで変わりゃしない!と断念。
辞表を出すも約1週間軟禁状態でやめるな!と口説かれる中、それには屈しずにケジメをつける。
(割といい報酬と社内的な高いポジションを勇気を持って捨てられた)
こうして人生でいうところの転機が訪れる

第二章〜ビジネス、経営に興味をもちはじめ新しい世界へ
しかしながら、報酬は以前の4分の1に!
それでも学びなら給与がもらえる有り難さを噛み締めて、
物流コンサルで独立採算支店をゼロから2支店立ち上げ軌道に乗せる
この時、人材派遣のノウハウも獲得
しかし、同時に始めたメロンパン専門店のFC加盟が大失敗
これを機にマーケティングについて猛勉強

マーケティングが面白くなって戦略コンサルへ転身 エグゼクティブコーチ取得
グリーンシートへ株式公開支援コンサルティング実績日本一を誇る佐藤公信氏と出会い、弟子入り
史上最小売上・最少従業員数にて株式公開を果たすという貴重な体験もさせてもらう。
それゆえ、経営計画策定のためのコーチングならお任せください
事業計画書策定指導 29社
資金調達、資本政策指導 およそ400社
コーチング×コンサルティング=マネジメントセッション およそ1000社

ふり返れば、「人・モノ・金、そして戦略」とひと通り携われたことに感謝

その後、2009年3月に独立
同年8月『すごい会議』の著者・憧れの大橋禅太郎氏と出会う
結果、あなたの会社にも『すごい会議』を導入できます! *『すごい会議』は株式会社すごい会議の登録商標
経営戦略を策定しても、組織への巻き込みがなされないことを歯がゆく思っていたところ、
すごい会議にはチームごと進化させられる技術と型があると確信。
今では自分の死に場所は会議室だと強く信じている。
そんなエキサイティングな出会いもあり、しばらくじっくり自由を謳歌しながらビジネスしようと企んでいたが
人生はそうさせてくれず、クライアントをはじめ多くの支援者に背中を押されて

第三章〜2009年9月1日に成長戦略参謀室株式会社を設立する運びとなった
テーマコンセプトはあのOCEAN'S11・・12・・13・・
あの映画を最低でも27回以上観ないと参謀メンバーにはなれないことにしている

ちなみに、私自身が貴社に貢献できることは

・事業戦略策定のファシリテート
・事業計画書策定のファシリテート
・IPOソリューション、グリーンシート株式公開支援
・『すごい会議』を導入することで経営チームにやる気と責任とワクワク感を同時に、そして、一気に覚醒させること
・コーチング×コンサルティングであなた(経営者自身)の毎日を最適化・快適化すること
・きっと、もっと、貴社(あなた)はすごいという信念のもと、貴社の力を最大限に引き出すこと
・「売れる理由の創造・想像」×「接点の創造・想像」という視点を徹底的に刺激すること
・コピーライティングのノウハウ指導
・顧客ポートフォリオの最適化設計アドバイス、それにともなう戦略・戦術ファシリテート
など

文字通り、成長戦略のご支援をさせていただいている

やはり、すべてはうまくいっていると確信している (現在に至る)
そして、この人生が何章まで続くのかは勿論知りえないが、必ずあなたにインスパイアできると自負している

その1.私自身の失敗経験が中小企業トップに何らかの経営のヒント(気づき)になり、会社が永続する(失敗しない)為に  少しでもお役にたてれば幸いである。
その2.勇気を持ってチェレンジ。事業の失敗は人生の失敗ではない。事業の失敗は人生の更なるステップの糧であるとい うことを私を通して感じてほしい。
その3.私が失敗経験から学んだ、失敗しない為の事業経営ノウハウを参考にしてほしい。会社を守り、従業員の生活を守 り、新たの市場を創造して頑張っている企業トップに少しでもお役に立てれば嬉しい。

洞察力は半端ない。やはり地獄をみた男は心の機微の変化さえ見逃さない。
また、俯瞰的思考はさすがに長けていて、数秒のヒアリングで適切なプロフィットモデルを頭の中で構築している。ストレートに言えば、儲かる仕組みを創りたければ、彼の知恵が必要になるだろう。

 

 

森健輔


行政書士一筋

 

 

 

私がお手伝いできるのは、役所関係の書類作成全般や助成金関係(一部)
であると思います。日本を支えている中小企業の力に少しでもなれるよう、
微力ながらがんばらせていただきたいと思います。

経営者の力になりたい!という思いは人一倍ある男。士業には稀な気取りも偉ぶりも
無縁。まだまったく稼げていない時代にも自己投資を怠らずに、しっかり励むような
愚直さといい加減さは本当に行政書士さん?と思わせてくれるユニークな存在は、きっと人を選ばずつきあいやすいはず。

 

 

松井優


1977年3月4日生まれ(現在32歳)
東京都江東区に生まれ幼少時代はずっと江東区にて暮らす。
小学校からサッカーを始め、区、ブロックの選抜として
中学校時代にオーストラリアに短期遠征。
当時のJR東日本古川(現ジェフ千葉)の奥寺監督の目にとまり
セレクションに合格するも通うお金がなく断念。

それからはグレグレ街道まっしぐら。
高校は某世田谷区にある大学付属高校でしたが、見事推薦取り消しに。
ホームグランドは渋谷。
当時はチーマーとやらが流行っていました(笑)

現在の博宣株式会社へは社長からバイク便をやってくれないか?
との言葉を信じて「やった〜、バイクが乗れてお金がもらえる」と思い入社。
翌日、1万円を渡され床屋に行けとのこと。
(当時はロン毛でした。)
そしてある日には食事ついでにスーツを買ってやると。。。
ただならいいか〜、とそのまま営業になってました。

父親からは小さい頃からなんでも10年やって初めて分かってくるもんだ、と言われ続けていたので営業を最低10年はやろう!
と決め現在に至っております。

その間に学生時代にくだらない拳を使っていたので、本物になろうとプロボクサーに。

20歳から現在まで身内を3人亡くしてることもあり、「命」の大切さと「夢」の大切さを伝えるべく
ボクシングトレーナー(日本Sフェザー級1位阪東ヒーローのトレーナー)
少年サッカーコーチ(FC北砂)をやらせていただいております。

博宣株式会社はDTPデザイン、印刷全般、自治体のシンクタンク事業を柱とした販促支援会社です。
「すべてのニーズにYes!からスタート!」を行動理念とし、お客様の悩みを解決するまでトコトンお付き合いする会社です。

事業継承を3年以内に予定。

僕は「プロ」、「本物」という言葉が大好きです。
「プロ」集団で更なる「プロ」志向を目指す。
よりよいチームで少しでもお役に立てたらと思い参加させていただきました。
素晴らしいチームを作り、日本を良くするぞー!!

彼ほどキレイな瞳を見たことがない。純とか真っ直ぐって言葉がやたらと似合うのは何故だろう。古き良き時代の遺伝子をしっかり、そして、上手に継承しているからだろう。
時代が変わっても忘れちゃいけないこと!を仕事を通して彼は黙々と無言で教えてくれる。
背筋をピンとしたければ、彼に会うといいだろう。

 

 

新井健太


高校在学時代から、独立志向が強く、 高校卒業後は仏・伊料理専門学校へ。
専門学校卒業後は、飲食の道へ進む。
しかし、そこで成功している人たちは 「お金があっても時間が無い」という生活を送っていることに気付き、 自分の求めている人生とは違う!!と感じ、方向転換を試みる。

試みた先は、「行政書士」という仕事。
今まで、法律を一度も勉強していなかったが、 勉強漬けの日々を三年続け、ようやく合格、今に至る。

その間、自分の祖母が、ある日脳梗塞を起こし、
それ以来、言語障害、半身麻痺になり、リハビリをしていたが、亡くなる。
亡くなって1年後、妹の一言が僕の人生の行く末を決める。
「もう、おばあちゃんの声、忘れちゃった。」

今の技術では、必ず訪れる死。その悲しさや寂しさを少しでも和らげ、
長くいい思い出として残り、 その人のことをいつまでも忘れないでいるために 「遺言」に特化した行政書士となることを決意。

1人でも多くの人に、多くの家族に、「幸せな遺言」を提供することが僕の使命です。

何の経験もないまま、右も左も分からないまま、独立したが、 そこで待っていたのは、「人との出会い」。

アドバイスをくれたり、導いてくれたり、チャンスをくれたり・・・ たくさんの優しさを戴き、日々成長中。

「アイディアを出す」ということは、経験や年齢に関係のないこと。
そして「チーム」だからこそ、僕にもできることがある。
「最高のチーム」で、多くの企業を支援できるよう努力していきます。

誰が見ていてもいなくても、真面目にきちんとコツコツと自分以外の 仕事にも取り組む青年。
見た目はひょうひょうとしているが、とても誠実。
安心感が持てる、任せられる若者です。

 

 

石原義紀


1976年1月18日生まれ
近畿大学卒業
中小SIベンダー1.5年
個人事業主システム屋6年
2006年 株式会社インサイト・インフィニティ代表取締役

・学生時代
飲食店でアルバイトをしていた。
良くも悪くも絶対誰にも負けないという性格のためアルバイトながら、店のマネジメントを担う役職に就く。
(今では全然役に立っていないが、アルバイトながら調理師免許も取得)
飲食店での業務フローを整理し、徹底して行い店舗運営効率化を実現した。
また、この時に店のマネジメント≒経営に興味がわき、経営に携わる仕事をしたいと考える。
経営コンサルタントがいいと思ったが、技術も身につき経営に深く関われるシステム構築業を選択。

・中小SIベンダーに就職
学生時代にアルバイトをしすぎて、普通より長く大学に行ってしまった。
同学年の人たちが既に社会人となっている状況で、自分は数年遅れをとっていた。
このため、やはりここでも絶対に負けないと、同期ではなく諸先輩方をライバルと勝手に設定。
日々開発に没頭し、1年で諸先輩と肩を並べる開発力を身につけた。
しかし当初考えていた「経営に携わること」がほとんどできず、なら自分で経営しようということで独立し個人事業主となる。

・個人事業主システム屋
案件単位で仕事をこなせるようになり、システム構築の守備範囲が飛躍的に向上した。
企業規模では数名から1万人程度、業種は旅館業、製造業、物流業、教育業、通販業等のシステムを構築。
また、クライアントの経営に関わるシステム構築も数件行い、ITコンサルタントとしての経験値もアップ。
実績が増えていく中で、個人での自己満足ではなく、もっと社会的な存在意義が欲しいと思い会社を設立。

・株式会社インサイト・インフィニティ設立
IT化が進んだとはいえ、まだまだ中小企業には浸透していない。
システム化というと、なんだか大層である。
パソコンが日常業務で必要不可欠になったとはいえ、どうしても技術的なことが求められる。
中小企業には、こんな課題が渦巻いていると感じる。
弊社の目指すものは、「いつも使うパソコンをより便利に、快適に」。
えっ、こんなこともやってくれるの?と思わず言葉がでるほど細かい小さい課題こそ解決することが重要。
こんな考えで、中小企業のIT専門家として業務を行っている。

・主な実績
顧客管理システム
経営戦略策定支援システム(データウェアハウス構築)
Eラーニングシステム
寺院向け参拝業務総合管理システム
ITIL運用支援システム
予定表・時間管理システム
グループウェアASPサービス
Windows Server構築
Active Directory構築
Exchange Server構築
Office SharePoint Server構築
アカウント・メールボックス管理システム
SharePoint Server Webパーツ開発

・強み
Microsoftテクノロジに特化しているため、現在一番普及しているWindowsの最適ソリューションを提供可能。
システムの3要素(ハードウェア・ソフトウェア・サーバ製品)のバランス重視!

経営者の盲点を360度解放する、ハッとさせられました。
でも、本当に望まれているコンサルティングはまさしくこういう事ではないでしょうか。
机上の空論ではなく、現場で経営者と二人三脚で結果を求めていく
そんな成長戦略参謀室チームの一員となり、ITの分野で強力にお役に立ちたいと思い ます!

朴訥としながら、深い思考と静かなゆったりとした雰囲気の中に
熱いものを秘めている男。そして、中小企業への貢献を誰よりも抱き、主眼に置いて
行動する様、ぶれない軸は、とても刺激的だ。


 

 

内藤将志


1977年4月1日生まれ
東京都世田谷区出身
慶應義塾大学経済学部卒業
精密機器メーカー、
経営コンサルティング会社、
を経て、2009年8月に起業

小学校時代、クラスの半分は「成城」という地名のお金持ち。
自分は、残り半分の一般庶民。
「成城」という地名に住むクラスメイトの家に遊びに行くと 常に紅茶とケーキがでてきて、約300本以上あるファミコンの カセットの中から好きなカセットを選び放題。

一方我が家は、ファミコンを買ってもらうだけでも一苦労。
たまーに出てくるお菓子は、ポテトチップ。

世の中に、「格差」が存在し、「競争社会」が存在することを実感する。

高校受験。 大学の付属高校と学力別クラス編成の進学校に合格する。
あえて、進学校を選択し、「競争社会」に身をおくことを決意する。

大学受験
高校2年までで最低のクラスまで落ち、偏差値も40になるが、高校3年で復活。
ストレートで大学に合格する。
「競争」に勝つ快感を味わう

就職活動
1年目から上の人間と同じ仕事をさせてくれる会社を探す
「30歳で家が建ち、40歳で墓が立つ」といわれるほどハードワークで有名なメーカーに営業として入る
(精密機器を工場に売りにいく営業に従事する)

営業という、数字で「競争」の結果がはっきりとする仕事の醍醐味を経験する。
何度か挫折を繰り返しながらも、リーダーランキングで全国1位をとり、
「競争」に勝ったところで会社を退職。

2社目
経営コンサルティング会社にて営業代行の仕事に出会う。
入社直後、知らない会社の名刺と始めてみる商材の資料を渡され、
「じゃ、売ってきて」とだけ言われ、放置される。
(主に、フランチャイズの加盟店募集の営業代行に従事する)

ここでも何度か挫折を繰り返しながらも、
営業代行で結果を出し、営業コンサルとして営業マン等の育成をし、
また次の地へ、という形で全国を点々とする。

色々な企業で、色々な営業マンを見ていく中で、
数字が出ない、いわゆる「負け」の状態が数字が出る、いわゆる「勝ち」の状態になることで企業も営業マンも幸せになることを目の当たりにする。

起業
企業と営業マンが売上・利益を上げ、いわゆる「勝ち」の状態になるための理想のサービスを提供するために起業する

関わる全ての人たちに「勝ち」を実感し、
幸せになってもらうために頑張ります!!!

なんというしなやかさ。一目見て惚れました。ひと目ぼれってヤツです。
僕が女性ならぞっこんになっていたでしょう。
なんなんでしょうか?バランス感覚が良いのかもしれません。
なんか、おせっかいしたくなる一緒にいると心地良い時間が流れるんです。
通りで、売れないわけがない。

 

 

株式会社エンターディヴ  代表取締役CEO

能見大二郎


エンターティンメント×ITの表現における潜在能力の高さに
持てるすべての技術力を注ぐプロモーションエンジニア

10歳のころ、ファミリーコンピュータにて
スーパーマリオブラザーズが発売されたが購入できず、
自宅にあったパソコン(MSX)に移植を行う。
1-1面完了時点で挫折するも、後のすべての糧となるとも言っていいほどの
心構え・経験を積む

派遣常駐系SEでの現場経験およびフリーランスでの経験を生かし、2008年株式会社エンターディヴを設立

自身もインディーズでアーティストとして活動する一方
キャンペーン・プロモーション・新技術を使った表現などを最も得意とする
エンジニアである

「どんなにいい商品でも知ってもらえなければ何もならない」

このことを痛感し、少しでも顧客の価値を認めてもらえるようなプロモーションや IT技術の使い方を提案していきたいと考えている。

いいものは必ず売れるという一部間違った認識を変え プロモーション・マーケティングそしてIT技術により 価値あるブランド構築をやっていきたいと考えています。

最初の出会いは忘れもしない。彼の理念を聞かされたとき、不覚に涙しそうになった。
ピュアなものに触れると自然と涙する瞬間ってあるでしょ?アレです、アレ。
仕事を楽しくしたいなら、この男と組むといい。

 

 

野村幸代


早稲田大学法学部卒業後、
平成11年4月東京弁護士会に弁護士登録、
以後弁護士業務一筋

 

 

 

成長、戦略には、法律面でのバックアップが不可欠と思います。
中小企業の皆様に少しでもお力添えできればと思います。

誰も気付かないような小さなことがらにも、気配りができる。
それはもう驚きというか偉大な芸術作品に触れさせて頂いている
感じです。それでいてスイッチが入ると切れ味最高の厳しい
表情がまたSEXYです。(おっとこんな事を言うと怒られるかも)